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神保町花月「オーディション」覚え書き

【汝、自らを省みて、懺悔せよ】


ガソリンスタンドで働く吉田(ラフ・コントロール重岡)のもとにかかって来る電話。
彼は俳優として「スターになること」が夢。「スター」となり、家の借金を返済し、親に楽をさせてやり、道を歩けば誰もが振り向くスターになりたい。彼にはその強い意志と、夢があった。
吉田は「月9」のオーディションを受けていた。
その合否の知らせが来るのが今日、2月13日の為、バイト中にも関わらず携帯が手放せない。


+ + + + + + + + + +

彼のもとに、1人の女性(工藤史子)が偶然ぶつかってきてしまう。
彼女は吉田の顔を見ると、慌ててカバンの中を探り、石のような、灰色の手の平サイズの良く分からないものを吉田に手渡す。
「…は?ゴミですか?ゴミを捨ててきてほしいってことだったんですか?」
その「ゴミ」を捨てる吉田。去る女性。

そして吉田のもとに、「オーディション」の合否の連絡が来る。
結果は合格。最終オーディションの知らせを受け、歓喜に溢れる吉田だった。


場所が変わり、バスの中。
吉田はこれから、「月9」の最終オーディションに向かうところだった。
バスに乗り合わせたのは、吉田以外には、6人。
バスの運転手(ラフ・コントロール森木)は妙な老人だった。
それにしても、ここに集められた7人は、余りにも特技がバラバラ。
作家志望、お笑い芸人志望、映画監督志望、カメラマン志望、ミュージシャン志望、SP志望。そして吉田は、俳優志望。
てっきり全員、「月9」オーディションを受けるものだと思っていた吉田。
だが、彼らはそれぞれ、「作家」であったり「映画」であったり、その分野でのオーディションを勝ち抜いてここに集められた人たちだった。

バスが目的地に着いた。
そこはまるで「お化け屋敷」。
「何かが居る」と脅える作家志望の玖島(佐久間一行)。
玖島はずっと、尊敬する太宰治の本を胸に抱き、おどおどと落ち着きが無い。
彼は、20歳のときからずっと引きこもり生活を続けていた。彼が持っているホームページのタイトルは「人間失格」で、そこで色んな人の人生相談を受けているという。
小説を応募し、それが最終選考まで残ったと言われてここに来た玖島だったが、「あの小説が通るなんて、明らかにおかしい」と口にしたまま、なかなかその先を話さない。
しかし遂に口を割った彼は言った。「小説を書いている」なんて言い訳で、本当は「白紙」で応募していたこと。

ミュージシャン志望の湯沢(井上マー)は、明日、2月15日で40歳の誕生日を迎える。
しかし、40歳までに売れなければ、実家(愛媛)の事業(みかん農家)を継がなければならないという瀬戸際に立っていた。

お笑い芸人志望の竹井(ブレーメン・岡部)は、「僕が受けたオーディションでは、めちゃくちゃスベっていたのに、どうして僕、受かったんだろう?」と口にする。
「僕は全然おもしろく無いんです、だから、おもしろいツッコミをする相方が居れば良いなぁって。僕が言ったことで、少しでも他の誰かが笑ってくれたり、明るい気持ちになってくれたら、良いなぁって思ってます」
芸人志望として致命的な「おもしろくない」というリスクを抱えているというのに、竹井は屈託の無い笑顔をみせる。「他の誰かが、僕を見て、ああ、馬鹿だなぁって笑ってくれれば良い」
竹井の夢は、「M-1優勝」
だが、彼には今、相方が居ない。竹井は今はピン芸人でやっているが、もとはコンビだった。
しかし相方に「夜逃げ」され、仕方なく1人で居るだけ。
「相方に夜逃げされるって、相当だぞ」と呆れる吉田。

そんな竹井に、いつも的確なツッコミを入れる人物が居た。
たくましい体を持ち、首筋から入れ墨の見える、SP志望の辰巳(ブレーメン・関根)。
彼は「世界最強」を目指していた。お笑いなんて全く興味も無いのだが、竹井の天然にツッコミを入れる様を竹井に気に入られてしまい、「僕とコンビ組みましょうよ!!」と、誘われてしまう。
もちろんそんなもの、辰巳にとっては願い下げなので、無碍に扱うのだったが。

映画監督志望の熊野(チョコレートプラネット・長田)は、3日後にクランクインを控え、ここ3日間何も食べて居ない。遂にはフリスクでお腹を満たす始末。

カメラマン志望の篠原(チョコレートプラネット・松尾)は、東大を出ているそうだが、ことカメラのことになると熱くなりすぎて、「気持ち悪い」「不気味」と言われるのだった。


さて、そんなメンバーが集まった部屋。
部屋の右手の壁には、沢山の文字。「好き好き好き好き」「泪」「愛」「友人」「コンビニコンビニコンビニ」「むかしないたないたないた」
おどろおどろしい文字の羅列。
そしてその壁際には、ラジオ。熊野が見たところ、完全に壊れてしまっているようだった。
部屋の左手は、一段高くなった位置に扉があり、奥にも小さな部屋があるようだ。
ちなみに、高くなっているとは言えその扉に行く前には段差はなくスロープなので、車椅子でも楽に行けるようなつくりの部屋となっていた。

次の瞬間、ラジオから響く女性の歌声。

「壊れてなかったんじゃないか、そのラジオ!」
「いや、壊れてた!確かに壊れてんだよこのラジオは!」

その時、中央のふすまを開け、1人の男が姿を現した。
それは先ほどのバスの運転手と瓜二つで、「さっきの人でしょ?」と、いぶかしがる吉田たち。
だが、「黒川」と名乗ったその男(ラフ・コントール森木)は、「初めまして」と訪問者たちを迎え入れる。

黒川は、7人から携帯電話を取り上げる。
「ああ、あと、“たまごっち”のようなものをお持ちの場合は、それもお出しください」

いまどき、たまごっち?
もちろん、誰も持っている人は居ない。
そして黒川は言う。「誰でも20年以上生きてきたら、罪の1つや2つ、犯していることでしょう。何でも良いので、その罪を思い出したら、正直にわたしに教えてください」


摩訶不思議な「オーディション」に、戸惑う7人。
これが、「最終オーディション」?
それに、彼ら7人には、思い当たる「罪」など無い。
何かのドッキリなのか、このオーディションは、何をもってして「合格」が決まるのか。
不安な気持ちを抱えたまま、彼らは部屋に閉じ込められる。

そして明かされる、彼らの「過去」と「罪」。


お笑い芸人志望・竹井の罪

彼は小学生のとき、万引きをした。
「そんな小さなこと…」と、他の6人は面食らうのだが、黒川はそこに食いついた。
竹井は、何度も何度も、何回も、何回も。
「同じスーパーで」、万引きを繰り返した。
そして、それは竹井1人では無かった。
「あなたはクラスのみんなに言いふらした。“あそこのスーパーは、万引きをしても捕まらないぞ”、と。その為、あなたのクラスのみんなが、そのスーパーで万引きをするようになった」
「そうでもしなくちゃ、僕の言うことなんて、みんな聞いてくれなかったんです。そのことだけが、その話をするときだけが、みんなが僕の言うことを聞いて笑ってくれることだったんです」

竹井は嬉しかった、「自分の発言で、クラスのみんなが笑ってくれている」ということが。
だから、やめることは出来なかった。
「おもしろくない」から、人を笑わせることをロクに出来ない竹井。だけど、人が笑ってくれることが大好きな竹井。だからやってしまった、とても悲しい、「人を笑わせる方法」。

「竹井さん、ご存知ですか?そのスーパー、つぶれましたよ。」
「その店の主人はやさしい人で、ちょっとの万引きぐらいでは、警察に通報しなかった。しかしあなたはそれを良いことに、何度も何度も何度も、万引きを繰り返した。その結果、そのスーパーはつぶれました。」
「竹井さん、あなた、お笑い芸人になるのが夢なんですって?自分が言ったことで、周りの人を笑顔にしたい?あなたの発言は、本当に他の人を笑顔にするものだったのですか?本当の笑いを分かっていないあなたなんかに、芸人になる資格なんて、無い」

自分の「罪」を告白した竹井に、黒川は「迎えの車」が来ています、と部屋の外に出ることを促す。
これは「合格」なのか?
部屋に残された6人の表情は浮かない。


映画監督志望・熊野の罪

彼は「コンビニ強盗」をしたことがある。
映画を撮る為のお金が無かったのだ。

黒川は言った。
「あなた、映画を撮ったんですよね。どんな映画でしたっけ」
熊野が作った映画。それは事故に合い、半身不随となった男性が、車椅子生活になりつつも、パラリンピックに出場し明るい未来を踏み出すという内容だった。
「知っていますか?あのとき店番をしていたコンビニの店長は、お金を取って逃げたあなたを追いかけ道路に飛び出した。そして、車に轢かれた。」
「幸い、命に別状はありませんでした。が、彼はその事故の後遺症で下半身不随となり、車椅子の生活を余儀なくされた」
「その後、彼のコンビニは車椅子の人でも快適に使えるようにと、素晴らしいバリアフリーの店となり、とても評判が良いそうです」
「ちなみにそのコンビニ、もともとはスーパーだったんですが、万引きが多すぎてつぶれてしまいまして。コンビニに縮小となったんだそうですよ」
「真実を知らないあなたが、社会派ドキュメント映画を撮るなんて、可能なんですか?」

熊野に、「迎えの車」が来た。
残るは、5人。


なかなか口を開かない5人に、黒川は言った。
まだしらを切るのならば、「被害者と同じ目」に合わせる、と。
そうして篠原に、携帯が渡される。
着信音の鳴る携帯。
篠原は電話に出ると、家が火事で燃えたとの連絡を受ける。
大事なカメラも、フィルムも、デジカメのデータも全てが消えた。


カメラマン志望・篠原の罪

彼は放火をした。
だが、篠原は否定する、あれは自分の所為では無い。放火なんて、するつもりは無かった。まさかあんなことが起こるなんて、思っていなかったのだと。
彼はあるコンビニに車で立ち寄り、その際、窓からタバコのポイ捨てをした。
その火は、コンビニの隣の、コンビニを経営する家族の家に燃え広がった。
足の不自由な店長が経営するコンビニだったので、ろくに何も出来ず火は家を飲み込み、家族で撮った大事な写真も、燃えて灰となった。
篠原は怖くて、逃げた為に捕まってはいない。
「篠原さん、あなた、写真を撮るんですってね。大切な人の写真を奪っておいて、そんなあなたに良い写真が撮れるんですか?」

篠原は、首からぶら下げたカメラを手に、黒川に詰め寄る。
「お前の写真を撮って、警察に突き出してやる!それで終わりだ!」
「そうですか、では…かわいく撮ってね」

ニコニコ笑い、篠原の前でポーズを決める黒川。
カメラを持った篠原の腕は、ガタガタ震えていた。震えてしまい、カメラの焦点など合うはずが無い。篠原には、カメラのシャッターを切ることが出来ない。

うずくまって震える篠原に、「迎えの車」が来た。


部屋に残ったのは、4人。
吉田はただただ、訳が分からずに黒川に尋ねる。
「なあ、俺、本当に、本当に何も心当たりが無いんだ。俺は何もしていない」

そんな吉田の様子を見て、黒川は吉田の手に、灰色の、石の塊のようなものを握らせた。
それはガソリンスタンドで、女性が吉田に手渡したもの。
だが、吉田にはそれが何なのか、分からなかった。「こんなゴミ…」と、すぐに投げ捨ててしまう。
どうしても、吉田は思い出せなかった。


SP志望・辰巳の罪

彼は人を殺した。
だが、辰巳は喧嘩はしても、弱い者いじめをしたことは無いし、ましてや人殺しなどしたことは無い。
黒川が語る。

ある日辰巳は、サラリーマン風の男と肩がぶつかり軽く揉めた。その際、辰巳が相手の男を強く突き飛ばし、男はそのまま頭を打って動かなくなった。
怖くなった辰巳はその場から逃げた。

「だが、俺は殺してない…!あのあと、しばらくの間は新聞を片っ端から隅々まで読んだが、サラリーマン風の男が死んでいたという記事は、ひとつも無かった!だから、死んでいなかったはずなんだ!」

そのサラリーマンの男が亡くなったという、新聞記事、ありますよ。読みますか?
黒川はそう言い、小さな、本当に小さな切り抜きの記事を落とした。
満員電車の中で、出勤中のサラリーマンが立ったまま死亡したそうです、知りませんか?
「都会のミステリー」なんて言って、ちょっとだけ話題にもなったんですがねぇ。
辰巳さんが突き飛ばしたとき、この男性は頭を強く打ち、脳震盪を起こしていた。そしてその3日後、電車の中で亡くなった。
暗く、人通りの少ない夜道での出来事、目撃者も居なかった。
もしあのとき、辰巳さんが逃げずにすぐに救急車を呼んでいたら、この方は助かったかもしれないのに!
「世界最強」になる?強い男になる?あなたは弱い。ビックリするほど弱い。自分が突き飛ばした人を見捨てて、慌てて逃げてしまうほど、あなたは弱い男だ!!

黒川の手に握られているのは、硫酸が入った水鉄砲。
「被害者と、同じ目に合わせる」

つまり、辰巳には、死を。

部屋の中で事切れる辰巳を笑い飛ばし、その死体を蹴って片付ける黒川。


残るは、3人。
本当に思い出せない。
吉田には本当に心当たりが無い。
吉田が投げ捨てていた、灰色の石のようなもの。それを再び、吉田の手に握らせる黒川。

だが、吉田は思い出せない。
自分は、何もしていない。


黒川は、「TKという人物が、7人の人に会いたがっている」と、7人に説明した。
「TK」という人の代わりに、黒川が彼らを裁いているのだと。
「日本の法律で、復讐は認められていない」と言われれば、黒川はこう答えた。「認められていないから、わたしがやるのだ」と。


ミュージシャン志望・湯沢の罪

彼には、コンビニでバイトをする恋人が居た。
その恋人のことを、湯沢は殴ってしまった。

彼女は湯沢のバンドの大ファンで、湯沢のライブには必ず足を運び、また、「曲作り」しかしない湯沢の身の回りの世話を全て1人でこなし、2人の生活費は、彼女1人がアルバイトで稼いだ。
コンビニのバイトで、8時間シフトを入れてもらい、働く。それでもまだお金が足りないから、別のコンビニで8時間、働く。彼女は言うのだ。
「1日は24時間だから、あと8時間、働けるね」って。そうしてまた、別のバイトを探そうとする。
彼女は言った。「わたしが好きでやっていることだから。気にしないで。」と。
だが、湯沢がやっていることと言えば、朝起きて、缶ビールを空けて、昼はテレビを見て…。

彼女は湯沢のことを信じていた。「いつか彼のことを、武道館のコンサートで見る。」そのことを夢見て。

彼女が今どうしているのか、知らない湯沢に、黒川が教えてやる。
「今、彼女は病院に居ます」
「ああ、大丈夫ですよ、病院と言っても命に関わることではありません。ただ少し…心の病気を患ってしまったようですが」
「まあ、普通の生活は無理だそうです。テレビも見れません、何せロックの音楽を少し聴くだけで、あなたのことを思い出して、手がつけられなくなってしまうそうですから大変です」
「今は順調に回復に向かっているそうですよ。10種類以上の薬を服用して」

湯沢が彼女の為にしてやれることは、たった1つだけ、ある。それは、

「決して有名にならないでください」

あなたの姿を見ないこと。
あなたの存在を、一刻も早く忘れること。
それが彼女にとっての、一番のしあわせ。

「ああそうだ、あなた、ミュージシャンなんでしょう、歌ってくださいよ。ギターならあります、ほら」
手拍子をして、黒川は湯沢を促す。
湯沢は声を詰まらせ、涙を流しながらギターを弾く。
黒川は楽しそうに、とてもとても嬉しそうに、笑った。
「ああ、こういうのってよく見たことあります。ほら、有名な歌手が大きな賞を取って、感激して涙で歌えなくなるっていうの。でも、あれはね、有名な人なんですよね。あなたみたいな、アマチュアの人がオーディションで泣きながら歌ったところで、そんなものは不合格になるに決まっているんですよ」


残ったのは、2人。


玖島が口を開く。
玖島の開設するホームページには、人生相談が来る。
その中に、「黒柳徹子」というハンドルネームを使っての相談が来たことがある。
そう、イニシャルが、「TK」。
内容は、自分の父親はスーパーを経営していたのだが、余りにも万引きが多すぎてつぶれてしまい、コンビニに規模を縮小した。するとそのコンビニに強盗が入り、それを追った父は事故に合い、下半身不随で車椅子生活を余儀なくされた。
家は火事になり、大事な写真などが全て燃え、兄は会社に行く途中の通勤電車の中で、不可思議な死に方をした。
コンビニで働く女友達は頭がおかしくなって病院に行った。

わたしは、一体どうすれば良いのですか?

玖島の答えは、
「生きるのも自由だし、死ぬのも自由だ」

引きこもるのも自由だし、引きこもらないのも自由。生きるのも、死ぬのも自由。
なぜもっと親身になって相談を受けなかったのか、その人はあなたに止めてもらいたかったのではないのか、と問う吉田に、玖島は叫ぶように答える。
ネット上の相談なのだ、ネタだと思ったのだ、と。
顔が見えないことをいいことに、自分の性別を偽って人を騙したり、「釣り」と言って、ありもしないことをでっちあげて、その反応を楽しむ人もいる。
ネット上で起こることをいちいち真に受けることなど出来ない。

だから、小説のネタになるかなと思って、まともにとりあわなかったのだ、と。

黒川は、玖島に会いたいと言っている人が居る、と言う。
それは、「TK」。

本名は、小林知子。
その女性は、ガソリンスタンドで吉田が出合った女性だった。
彼女は玖島に言った。「ありがとうございました、」と。
「あなたに相談して、もう少し、生きてみようと思うことが出来ました」

彼女は玖島に、深々と頭を下げた。


残ったのは、1人。

吉田には、本当に心当たりが無い。思い出せない。
「俺は、何もしていない」
黒川と、知子。2人は彼に言った。


「何もしなかった、そのことが、罪」


壊れたラジオから、ニュースが流れる。
昨日2月13日、デパートの屋上から、女性が飛び降り自殺をした。
その女性の名前は、小林知子。
「もう少しだけ、生きてみよう。そう思えた。だけど、あなたに出合ったから、気が変わってしまった」

吉田の手には、灰色の、石のような塊。だが、分からない。吉田は本当に思い出せない。
壊れたラジオから、女性の歌声が聴こえる。
「ねえ、今日は何の日?」
黒川と、知子の腕が、まるで吉田の首を締め上げるかのように動き、それと共に吉田は苦しそうにもがく。分からない、俺は何もしていない、思い出せない…!!

そのとき、知子がふっと力を緩めた。
不思議そうにする黒川に、知子は言う。
「もう、いいの…。わたしが勝手に、好きになっただけだから…」
「あ…」
吉田の記憶が、蘇る。


セーラー服姿の知子。
イヤホンで音楽を聴き、ソワソワと誰かを待っているようなそぶりで、カバンの中のピンク色の包みを確認する。
そこに現れたのは、学生服を着た吉田。
「こんなところに呼び出して、どうしたの」
吉田に、恥ずかしそうにしながらチョコレートを手渡す知子。
喋ったこともあんまり無かったけれど、良かったら受け取ってもらえないか、と。吉田くんはモテるから、いっぱい貰っているだろうけれども。
けれど、「これが初めて貰ったチョコレートだ」と言って、喜ぶ吉田。
このことは、決して忘れない。
「でも、吉田くんは俳優になって、スターになるのが夢なんだよね。そうなったら、絶対にトラックでチョコレートが来るようになるよ」
吉田のことを応援する知子に、吉田は約束する。知子のことを、自分の一番最初のファンのことを、けして忘れない、と。
知子が聴いていた音楽を聴く吉田。女性の歌声。
そうして、去ろうとする吉田のポケットから、たまごっちが落ちた。
「あっ!」とたまごっちを拾い、吉田に手渡す知子。
けれど吉田は、「それ、あげるよ」と知子にたまごっちを受け取らせる。
「ありがとう。わたし、ずっと大事にするね。ずっと」


ギターを手にした湯沢が、歌を歌う。タイトルは、「長い夜」。
彼の前を、色々な人が横切る。
小説家になった玖島は、沢山の人から、自分の著書のサインを頼まれていた。
大事そうにカメラを手にし、そっとシャッターを切る篠原。
お笑い芸人になった竹井が、蝶ネクタイを胸におどけてみせる。その後ろには、まるで守護霊のようにSP志望の辰巳がつき、揃いの衣装で彼にツッコミを入れている。
冷たい鉄格子を前に、映画監督志望の熊野は指で四角を作り、遠くをみつめる。
両親に電話をし、「月9」のエキストラが決まったことを報告する、吉田。


「オーディション」終幕

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