2008年9月9日(火)~2008年9月15日(月)
神保町花月『本当の嘘』
脚本・小堀 裕之(2丁拳銃)、宮丸 直子
演出・高梨 由(TRAPPER)
出演・2丁拳銃、犬の心、フルーツポンチ、キシモトマイ
島居俊介(フレンチブルドッグ)、嶋田修平(TOKYO無鉄砲)、烏龍パーク、少年感覚
9日~11日・13日・14日大星圭子・小林千紗(TRAPPER)
12日・15日星野里佳
ストーリー・世の中のいい人と言われる人は2/3は嘘をつく
とある病院を舞台に陽気な患者と医師たちが繰り広げる「嘘」と「本当」
お話の舞台は、病院。
入院している、ささお婆ちゃん(2丁拳銃・小堀)は、担当医の広瀬先生(2丁拳銃・修士)のことが気に食わない。
それはお婆さんだけの話ではなく、この病院の入院患者のほとんどは、無愛想な広瀬先生のことを、よくは思っていなかった。
それというのも広瀬は、「嘘をついてまで、人に好かれたくない」「嘘をつきたくない」「興味がない」というのを理由に、患者に嘘をつかないから。
患者がもう治らないのなら、「嘘をつきたくない」から、「もう治らない」とハッキリ告げてしまう。
ニコリとも笑わない愛想の無いこの医者は、それでもいずれは、次期院長候補。入院患者たちは、「広瀬先生より、増渕先生のほうが院長に向いているわ」と、彼のことを皮肉るのだった。
さて、広瀬先生とは、対極に位置するのが、先述の増渕先生(犬の心・池谷)。
あけっぴろげな性格で、笑顔で患者に接する増渕先生は、患者たちからも人気と信頼を置かれる医者だった。
そして、彼は院長先生の娘との、結婚の準備を進めていた。
つまり、彼もまた、次期院長候補。
ささお婆さんには、孫が居る。小学6年生の、たかし(フルーツポンチ・亘)。
たかしがちゃんと勉強して、医者になってくれることが、お婆さんの夢。
その為、見舞いに来てくれたたかしに、何度も「勉強してるか?」と聞くささ婆さん。
「うん、…ちゃんと、勉強してるよ」
その度に、歯切れの悪い返事をするたかし。
ささの息子で、たかしの父親の康治(烏龍パーク・橋本)は、お婆さんにこっそり告げる。
「たかしは、本当は勉強していない」「たかしの成績が、落ちてきている」
ささ婆さんは人気者なので、彼女の病室には自然と人が集まってくる。
胃潰瘍で入院中の藤井(烏龍パーク・加藤)、わき腹を刺されて入院中の、どこか抜けているヤクザのリョージ(フルーツポンチ・村上)。
リョージの担当医は、みんなに人気の増渕先生。
余りにも増渕がリョージによくしてくれるので、リョージは増渕に、少しばかりの謝礼を渡す。
一応断る体はみせたものの、しっかりと謝礼を受け取る増渕。
また、刺されたリョージを心配して、弟分のイタル(TOKYO無鉄砲・嶋田)とマサル(フレンチブルドッグ・島居)の2人も、自作の歌を持参し、病室で歌ったり。
そんなにぎやかな病院に、岡部(犬の心・押見)がやって来た。
彼は増渕と会い、「自分の会社の薬品を、あなたの病院で使って欲しい」と、袖の下を持参して相談に来る。
そして、こんなことも。
「あなた、お金が必要なんですよね」
増渕には、「ギャンブル好き」という欠点があった。そして、ギャンブルに手を出した為、借金の返済にお金が必要なことも。
「次期院長候補」であるのに、借金を抱えているとバレては、まずい。
岡部は、増渕の弱みを握るその代わり、自分の「嘘」も、黙っていて欲しい、と頼む。
増渕が「このことは、誰にも言わないでくれ」と頼むのに耳を貸さず、岡部は自分の要求のみを伝え、病院を去る。
岡部の要求。
それは、「ささ婆さんの病室の様子を見せて欲しい」というものだった。
「製薬会社の社員で、実際に病院の様子を見たい」という建前を掲げ、岡部はささ婆さんや、孫のたかし、胃潰瘍の藤井やヤクザのリョージたちに、得意な手品を披露して、すぐに打ち解ける。
トランプの数字を言い当てたり、タバコを宙に浮かせたり、彼の手品はとても上手く、みな、すぐに心を開くのだった。
岡部の手品に感心したささ婆さんは、周りに誰も居ないとき、彼の手に古い「懐中時計」を握らせた。
これは夫の持ち物で、本当はたかしにあげたのだが、「古臭いから」と言って、返してきたのだそうだ。
「そんな大事なもの、受け取れませんよ」
と恐縮する岡部だったが、最終的にはお婆さんに、「懐中時計」を託される。
ある、雨の日。
雨の日は、昔の古い傷が痛むので、ささ婆さんは、左手で首の後ろを押さえてつらそうにする。
ささ婆さんは、晴れの日が好きだ。傷の痛む雨の日は、嫌いだった。
たかしの学校の成績は、良くならない。ささ婆さんは、ここに見舞いに来ているから、たかしが勉強しなくなるのだと考えた。
たかしとささ婆さんは、約束したのだ。たかしが医者になって、お婆ちゃんの病気を治す、と。
だから、お婆さんはどうしても、たかしに医者になって欲しかった。勉強して欲しかった。
たかしの勉強のことで、息子の康治と口論になったささ婆さんは、「お前の顔を見ると、良くなる病気も良くならない」と口走り、それをたかしが聞いてしまう。
「お婆ちゃん、本当に…?」
「本当や。本当に、お前らの顔を見ていると、気分が悪くなるよ」
ショックを受ける、たかし。
それは嘘なのだが。本当はお婆さんは、お見舞いに来てくれるたかしが可愛くて仕方が無い。たかしと一緒に遊びたい。…けれど、たかしに勉強してほしいから、たかしがもう病院に来なくなるように、ささ婆さんは、嘘をついた。
屋外では。
岡部と増渕の2人が、話していた。
岡部の手品の腕は、父親譲り。彼の父は手品がうまく、幼い彼を喜ばせる為、よく、彼に手品をみせてくれた。
「手品の種なんて、見抜こうと思うもんじゃ、ないですね」
彼の喜ぶ顔が見たくて、父は手品をみせていたのに。
岡部は、父の手品の種が知りたくて、全ての種をあばいてしまった。
全ての手品の種をあばいてしまった彼に、もう、父は手品をみせなくなった。
岡部の父親は、ある会社で働いていた。
父は、その会社の社長に絶対の信頼をおき、その社長のもと、汗水流して働いた。
しかし、会社は倒産した。
そして、父は自殺した。
岡部は、父の会社の社長を恨んだ。
父を殺した、社長を憎んだ。
絶対に、許さない、と。
悪いのは、父を死に追いやった、あの社長。
「それはあなたのお父さんが悪い」
突然の声。
いつの間にか、広瀬先生が立っていた。
広瀬は初対面の岡部に向かって、「自分たち医者は、命を救うことを第一に考えている。だから、自分から命を落とす行為をする人をみると、腹が立つ」と言い放った。
その場から去る岡部。
増渕は戸惑う、「広瀬先生、岡部さんのこと、知っているんですか?」
「知りません」
「増渕先生、院長先生の娘さんとのご結婚、うまく進んでいるようで。良かったですね」
広瀬の口から出た言葉に、また増渕は、困惑する。
「広瀬先生は、自分が院長になれなくても良いんですか?」
「興味ないです」
「嘘だ。じゃあ、あなたは何のために医者になったんだ!?あなたは、何になりたいんだ!?」
「…わたしは、“良い医者”になりたいです」
「良い医者?広瀬先生は、自分が他の患者さんたちから、どんな風に言われているのか、知っていますか?あなたは“良い医者”なんかじゃない」
岡部はささ婆さんの病室に来ていた。
ささ婆さんが、藤井を相手に、自分の身の上話をする。
自分は昔は、敏腕の女社長だった。
その頃お婆さんは、「3分の2、嘘をつく」と、人間関係がうまくいく、ということを知った。
思っていなくても、「ああ、それ良いですね」とか、「ああ、素敵ですね」とか、そういう嘘を言っていれば、自然と人から、「あの人は“良い人”だ」と言われるようになる。
コツは、3分の2、嘘をつくこと。
「世の中の、“良い人”と呼ばれている人の3分の2は、嘘をついている」
うまくやっていたお婆さんの会社にも、バブルがきた。
会社は倒産したものの、お婆さんは今は孫も出来、「しあわせ」に暮らしている。
岡部がささ婆さんに聞く。
「お婆さんは、会社が倒産して、その会社の社員さんがその後、どうなったか、ご存知ですか?」
「うーん…分からんけれど、わしもこうしてしあわせに暮らしとるからな…。他のみんなも、しあわせに暮らしてるんとちゃうか?」
病室。
広瀬先生は、ベッドで横になるささ婆さんを相手に、「病気は治らない」と、いつものように本当のことを告げる。
頑固なささ婆さんは、「そんなことはない、わしは元気じゃ」と、一笑する。
「なあ、先生…たかし、見舞いに来てたか?」
「いいえ」
「ああ、わしがトイレに行ってる間か。その間に、たかしが来とったか」
「いいえ。たかし君は、来てません」
「…あー、ほんなら、風呂か。わし、風呂長いからなぁ、わしが風呂に入っとる間に、たかしが来てたんか」
「いいえ。来てません」
お婆さんは、広瀬先生に言った。
「世の中の、“良い人”といわれている人の、3分の2は、嘘をついている」
「…先生、たかしは、来とったか?」
「来てません」
嘘で良い。
「たかし君は、来た」と、一言。
たった一言の、嘘をつけば。
それで、ささ婆さんは、「たかしが来てくれた」のだと、思うことが出来る。
「サンタクロースは?」
「サンタクロースは、居てるんか?サンタクロースは、大人がつく、やさしい嘘と違うんか?」
「人を傷つける嘘ばかりじゃない、人の為につく嘘、誰かを守る為につく、やさしい、本当の嘘も、世の中にはあるんと違うんか?」
「先生、たかしは、来たか?」
「いいえ。たかし君は、来てません」
広瀬先生は、嘘がつけない。
嘘がつけない広瀬先生は、「良い人」にはなれない。
だから、広瀬先生は、「良い医者」では、ないのだろう。
ささ婆さんは、不安と後悔で泣いた。
本当はたかしにお見舞いに来て欲しいのに。
たかしに、来て欲しいのに。
寝静まった病棟。
暗闇の中、岡部がささ婆さんの眠るベッドに近づく。
ささ婆さんが眠っていることを確認し、彼はその手に握った注射器を振り上げる。
そこに、広瀬先生が病室の異変に気づき、岡部と揉み合い、乱闘になる。
「こいつが悪いんだ…!!」
泣きじゃくり、うずくまり、岡部は床に突っ伏す。広瀬先生が告げる。
「あなたが手を下すまでもなく、この人はもうすぐ、病気で死ぬ」
その瞬間、ささ婆さんが起きた。
「え、ほんと?」
「年をとると、寝つきが悪くなって…それより、岡部さん」
ささ婆さんは、岡部の父親が、とても手品が上手かったことを語る。そして、岡部の披露する手品もまた、父親譲りで上手いことも。
「…気づいていたんですか?」
「自分が嘘を沢山つくと、悲しいかな、人が嘘をついていることも、見破れるようになってしまう」
手品が上手い人に、悪い人はいない。
人を上手に騙せる人に、悪い人は、存在しない。
「もう、行きなさい」
広瀬先生は、岡部をそのまま逃がそうとする。
呆ける岡部を急かし、そのまま見送られ、岡部は病室を後にする。
増渕先生が「どうかしましたか?」と訪れたが、広瀬先生は、「何もなかった」と、病室の電気を消す。
ひとり、残されたささ婆さんはつぶやく。「あー、怖かった…」
看護婦(キシモトマイ)はつぶやいた。
「広瀬先生って、“嘘をつきたくない”って言っているけれど、本当は、自分に嘘をついているんじゃないのかしら?」
「広瀬先生は、ささ婆さんのことが好きなんじゃないのかしら。けれど、その気持ちを隠している。これって、自分に嘘をついている、ってことでしょ?」
いよいよ、ささ婆さんも危険な状態になりつつあった。
病室で、広瀬先生に話しかけるささ婆さん。
それは、たかしがとても小さい頃からの記憶。そして段々たかしが大きくなり…
「ああ、たかし…、そうか、お前、お医者さんになったんかぁ…」
ぼんやりと広瀬先生を見つめて、ささ婆さんは言った。
たかしが医者になった。そうして、自分の病気を治してくれる。偉いなぁ、たかしは偉いなぁ。
「しっかりしてください」
ささ婆さんは、幻覚をみていた。
広瀬先生と、大きくなったたかしを重ねていた。
「先生…たかしは、来とったか?」
「…はい。
たかし君、来ていましたよ」
「そうかぁ。たかしは、来とったかぁ…。
先生、今日は…晴れてるかな?」
「…はい。
今日は、晴れています。あなたの大好きな、晴れの日ですよ」
「…そうかぁ」
ささ婆さんは、にっこりと笑いながら、左手で、首の後ろをおさえた。雨の日に痛む、昔の古傷を、痛そうに抑えて。
「先生、やっぱりあんたは、“良い人”やなぁ…」
外の雨の音が、強くなっていった。
お婆さんが亡くなったあと、病室の荷物を片付ける康治、そしてたかし。
「たかし君、今、何時?」
ふと、そう聞かれたたかしは、「えっとね」とポケットを探り、懐中時計を出して時間を答えた。
「その時計は?」
「さっき病院の外で、岡部さんが僕にくれたんだ」
たかしは広瀬先生に、「先生、またね」と、手を振った。
広瀬先生は、苦笑いをする。
「こんなところ、何度も来るもんじゃないぞ」
たかしは、笑顔で言った。
「おばあちゃんと、約束したから」
「…そうか。じゃあ、またな」
「うん!」